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ステークホルダーを大切にする経営「三方よし」精神の源流を探る

三方良し photo by pixta

現代の経営においては、株主や自社の利益だけを追求するのではなく、顧客はもとより、社員や、取引先、地域社会、地球環境といったステークホルダー全体を重視した経営が求めらている。このステークホルダー経営の原点となっているのが、近江商人の「三方よし」の考え方だと言われる。「三方よし」とは【売り手よし】【買い手よし】そして【世間よし】から成っている。とりわけ【世間良し】が、買い手以外のすべてのステークホルダーを包含する概念となっている。本稿では、この発想がどこから出てきたのかを策ってみた。

 

 

近江商人の特性である【三方よし】の精神を、企業経営や広く社会活動の中で浸透して行く事を目的として設立された、特定非営利活動法人 三方よし研究所によると、近江商人とは何かが次のように紹介されている。

 

「近江の歴史的な事情によって、限られた地域から特徴的な商いの方法をとりながら永続的に活動し、現在も全国に多くの近江商人の商家や企業が存在しています。

●八幡商人
 近江八幡市の旧八幡町から江戸期に出た商人。畳表や蚊帳の 生産など地場産業を育成し、その商品を全国に流通させた。 また北海道の開拓にも力を発揮した。

●日野商人
 江戸中期、日野地方で日野碗や売薬などの地場産業 が盛んになり、これを行商する商人が生まれた。や がて関東・東北に進出し、その地で酒造業などを始めた人も多い。

●湖東商人
 彦根藩の幕藩体制の〃規制緩和〃によって農民の行商が可能になり、五個荘、豊郷、愛知川などから生まれた。中山道沿いに本宅を構え、全国に向けて行商活動を展開した。

●高島商人
 戦国末期、高島郡から京都、東北などに出て商人となり、特に南部藩(今の岩手県)で活躍。盛岡の城下町形成にたずさわった。」

 

これら近江商人の始まりははっきりしないが、鎌倉時代に発祥したという説もある。彼らはその数百年を経て、織田信長の楽市楽座によりさらに発展し、江戸時代に隆盛を極める。現に、近江商人を源流として、存続している企業は数多く存在する。例えば、西武、高島屋、伊藤忠商事、丸紅、住友商事、双日、トーメン兼松、ヤンマー、日清紡、東洋紡、東レ、西川産業・・と枚挙にいとまがない。

 

「近江商人は、『諸国物産廻し』と呼ばれる活動により、現代の商社活動の源流となっていったわけだ。上方や近江の地場産業の産物を関東や東北をはじめ全国各地へ「持ちくだり」、 関東・東北の紅花や生糸など各地の産品を上方へ「登せ荷」をした商法。需要と価格の地域差に目を付け、巧みに諸国の産物を交流させ、あらゆる方法で大型流通を行なった。まさに今日の商社活動で、しかも双方の土地の 産業開発、発展を図るという機能をも合わせもっていた。」(特定非営利活動法人 三方よし研究所)

 

同NPO岩根順子専務理事によれば、「当時は生産から流通、消費はその藩で帰結させるのが経済の基本。そこに他国(よそ)から来た商人が、稼いだお金を自分の藩に持って帰ることは、その藩としては面白くない。よそから来た人を排斥しようという圧力があります。当然、その地域の方に受け入れてもらえる商いの方法をとりました。自分のことだけを考えるんじゃなくて、他国に行ったら余計にその場所のことを、気持ちじゃなくて、他国に行ったら余計にその場所のことを、気持ちを汲み取って商売をしなさい。それだけではなく粗悪なものを売ってはだめですよ、高く売ってはだめですよ、という商いをした」(百年経営研究機構 百年経営2号より)と言う。

 

社会学者 内藤莞爾の研究によると、近江商人の思想の原点は浄土真宗にあるという。「仏教の中で、小乗仏教の羅漢道が、自利的徳目であるのに対して、利他的徳目を示しているのが、大乗仏教の菩薩道であり、【自利利他円満】ということが真に大乗仏教の道徳的理想である」(河村望 東京女子大学 「近江商人と浄土真宗」)

 

「商業は生産せる物品を需要者に供給してもってその報酬を受くるを云い、工業は物品を生産して需要者に供給しその報酬を受くるを云う。世俗此報酬を呼びて利益となす。而して其利益を受くる所以のものは、すなわち是れ他を利するによる。故に商業と云い、工業と云う、共に他を利するの心行のみ。他を利するの心行によりて、自ら利するの功徳を受く。これを自利利他円満の功徳と云う。」(同 河村望)

 

実際に、近江商人の代表者の1人である、伊藤忠商事の創始者、初代伊藤忠兵衛は『商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』と指摘している。」(伊藤忠商事)

また、麻布商、中村治兵衛が書き記した『家訓』には次のようにある。

 

「『家訓』の第7条には、農業には時期がある。春に植えて秋に収穫するまでの間には、かなりの時間があり、その時間を無駄に過ごしてはならない。名を挙げ、家を興し、富裕の身になり、なお子孫にまでその家業を伝え、繁栄を保とうとするならば、水のように流れてゆく時間を無駄にしないことが肝要であると述べ、また、第8条には『三方よし』のもととなった理念が次のように述べられている。


他国へ行商する際、すべて自分のことのみ考えずに、その国のすべての人々を大切にして、私利を貪ってはならない。仏様のことは常に忘れないようにすべきである。

 

また、『たとえ他国へ行商に出かけても、自分の持ち下(くだ)った衣類等をその国のすべての顧客が気持ちよく着用できる様にこころがけ、自分のことよりも先ずお客のためを、思って計らい、一挙に高利を望まず、何事も天道の恵み次第であると謙虚に身を処し、ひたすら持ち下り先の地方の人々のことを大切に思って商売しなければならない。そうすれば、天道にかない、身心とも健康に暮らすことができる。自分の心に悪心の生じないように仏様への信心を忘れないこと。持ち下がり行商に出かけるときは、以上のような心がけが一番大事なことである。』と示して、商いは取引をする当事者双方(売り手、買い手)のみならず、取引自体が社会(世間)をも利することを求めた『三方よし (売り手よし、買い手よし、世間よし)』の精神を示していることがよくうかがえる家訓であり、何事にも通用する大切なものであると思う。」(浄土真宗 浄教寺法話より)

 

鎌倉時代に興った浄土真宗の宗祖親鸞は、一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)=すべての生きとし生けるものには仏になれる資質があるとしている。つまり、行商先で出会う縁のある、仏性を持ったすべての人々=【世間】に対し菩薩行を行うべしという考えが、近江商人の精神原理として醸成されていたと考えられる。

 

ぐるり編集部