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株式会社横引シャッター

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横引シャッターにとってステークホルダーとは?

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新型コロナウィルス発生のニュースが話題になり始めていた2020年1月。いち早くこれから起こるパンデミックを懸念し、対策を始めていた会社が東京足立区にあります。5月には地元足立区にアクリルパーティションを寄贈し、ニュースにもなりました。その会社、株式会社横引シャッターはこれまでも「定年なき雇用」「ガン患者の雇用」「無借金経営」など大胆な経営施策で、数多くのメディアで注目されてきた会社です。

「立ち止まってはいけない、常に攻めの姿勢で」と話す市川代表は、社会に対して企業が担う役割・ミッションをどう捉えているのでしょうか。横引シャッターの各ステークホルダーとの向き合い方を紐解きます。

 

横引シャッターの本社外観

新型コロナ発生のニュースを知った市川さんが、対応に動き始めたのは1月31日でした。その頃はまだクルーズ船ダイアモンドプリンセス号がまだ帰国もしていない時期。日本にとって新型コロナは対岸の火事でした。日本や、あまつさえ世界の経済にこれほどの大打撃を与えるなどと、多くの人が想像だにしていない時期でした。

しかし、その時点でこれは危険だと市川さんは思い、念のため社員とその家族全員分のマスクと消毒用アルコールを確保したそうです。

横引シャッターの行動はそれで終わりではありませんでした。コロナウィルスが社会全体を感染の恐怖に陥れていく5月にはアクリルパーティションを自社で製作、地元足立区に寄贈しています。このニュースを見た、GURULI編集部はその理由を探りたくなりました。

制作したアクリルパーティション

……シャッター業界全体の現在のシェア分布を見ると、まず挙がるのが最大大手の三和ホールディングス(三和シヤッター工業株式会社)です。同社は日本はもとよりアメリカやヨーロッパでも大きなシェアを持っています。他にも文化シヤッター株式会社や東洋シャッター株式会社など、CMが多く一般にも知名度の高い会社が並んでいます。これらの大手企業に並んで、創業40年に満たない足立区の中小企業が、何故業界内にその地歩を築くことができているのでしょうか。

GURULIでは、「定年なき雇用」「ガン患者の雇用」など『社員は家族』を実践する同社の思想や今回のコロナ禍への迅速な対応、地域社会への貢献といった各行為に、同社の強さの秘密があるのではないかと考えました。

そこで、市川さんに直接、各ステークホルダーとの向き合い方をお聞きすることで、次代に求められる企業経営とは何なのか、実相に迫りたいと思います。

 

インタビュー

横引シャッターのアクリルパーティションを挟んで取材は行われました

 ―現在、世界的に新型コロナが猖獗を極めていますが、その最中、株式会社横引シャッターは足立区役所にアクリルパーティションを寄贈されました。寄贈に至った経緯からお聞きしたい。

 

市川慎次郎(以下、略):ゴールデンウィーク前に区役所に伺った時、アクリルパーティションが設置されている部署と無い部署があることが目につきました。それで「もしかして足りていないのかな」と考えたのがきっかけです。パーティションなら弊社でも作れるので、すぐに簡単な見本を製作して区役所の担当に提案しました。実際、全く足りていなくて困っていたそうで、歓迎してくれました。当社が寄贈したい旨を申し出ると、ぜひにという話になりました。

それまでも幾つかの企業からパーティションの売り込みはあったそうです。当社としては、日頃お世話になっている地域社会が危機に瀕しているのだから、何とか手助けできることをしたいという思いがありました。

 

―何台寄贈したのか?

 

「何台欲しいか?」と聞いたら「何台でも!」 とのことなので、とりあえず100台製作しました。その後、使い勝手を考えて大きさなど、細部を打ち合わせて5月12日に形状などを決めました。そこから即日作り始めて100台目ができたのが14日の夕方。翌15日朝に100台全てを納めました。その後も寄贈を続け、最終的に約170台を利用してもらっています。

 

―素早い展開だ。

 

コロナ禍の対応最前線で仕事をされている区の職員の皆さんの安全・安心のためですから。今では図書館や住区センターなどにも設置されています。パーティションをうちの社員と運んでいくのですが、持っていったそばから何階のこの部屋に置いてください、とお願いされる。そこに置いてトラックに戻ってまた持って行くと、もう次の人が待っている、という状態でした。

私は石川県の観光特使も務めていまして、パーティションのことを石川県のWEBサイトにメールしたら、是非こちらでも欲しい、と依頼を受けたので先日100台製作してお贈りしました。また、私が所属するライオンズクラブのメンバーに寄贈の話をしたところ、熊本市からも依頼が寄せられて、これに応え100台を寄贈しました。

 

―全て寄贈とのことだが、なぜ販売ではなく寄贈なのか?

 

足立区へ恩返ししたい気持ちです。グループ創業以来、ずっとここ足立区で仕事をさせていただいているのです。その足立区が苦難に直面している。今こそ、長年お世話になってきたことへの感謝も込めて、自社でできる貢献をしなければならないと思ってのことです。

弊社のような小さな会社が大きな社会貢献をしようとしても継続する体力はありません。やもすると、売名行為と思われるだけです。だから身の丈にあったことをしたい。

もともと創業者である先代が常々話していたことに、「正々堂々と儲けろ」という言葉があります。正々堂々とは企業が利益を上げて税金を納め、国が潤うことがまず肝心であり、だから会社をきちんと経営する行為自体が社会貢献になる。ただ、それだけに留まることなく、さらに自分たちができる範囲で社会に直接恩返しすることもまた企業の務めだろう、と。私としてはその気持ちの現れがパーティションの寄贈に繋がったまでなんです。

 

―代表の足立区への思いは、御社が「足立ブランド」を取得していることからも感じ取れる。

 

足立区は大田区・板橋区に次いで中小企業が多い区です。ところが世間的にはあまり良いイメージがない。でも、住んでいる我々としては、そうではなく、本当は住みやすい良い区なんだと全国にアピールしていくために「足立ブランド」を取得しました。日本全国の当社の顧客に足立ブランドを知ってもらって「足立区には良いモノづくり企業が集まっている」とPRしていきたい。

インタビューが行われた応接室の壁にかけられていた張り紙。市川さんは確かに話し始めたら止まらない人でした

 

起業からの変遷

―グループ創業以来、という話だが、御社は株式会社中央シャッターがまずあり、そこから法人を分けていると聞く。市川代表は株式会社中央シャッターと株式会社横引シャッターの両方の代表を兼務しているが、何故法人を分けているのか。

父がシャッターの塗装を生業とする会社を立ち上げたのがはじまりです。「素人が会社を興した時に何ができるのか。シャッターの塗装ならできるだろう」と考えて初めたそうです。

仕事を始めると「塗装屋さん、どこか良いシャッター屋は知らない?」と聞かれることが多く、だったら自分でやってしまおうとシャッター屋を立ち上げた。その後、同様な流れでテント屋そして看板屋、と次々会社を立ち上げていって、グループになっていきました。

その頃修理で扱っていたシャッターは他社メーカーの製品でした。上下に動くシャッターも横に引くタイプのシャッターも扱っていたのですが、横に引くタイプのシャッターは、上下に動くシャッターの下に滑車を付けて横に滑らせているだけだったので、動きがなめらかではなく、耐久性も改善できると思いました。実際に修理の依頼が頻繁に来る過程で経験を積み、どう改良すればよくなるのかを学び、自社で開発・製造することにしたのです。

こうして生まれたのが滑車をシャッターの上部に取付ける「上吊式」のシャッターです。これなら下にゴミが溜まっても干渉しないので動きが悪くならない。

 

―この「上吊式横引きシャッター」で特許を取得しているのか。

 

はい。それでうちもメーカーになったぞと意気揚々、作った上吊式の新製品を中央シャッターで販売し始めたのですが、シャッターの大手企業が買ってくれないのです。こんなに良い製品が出ているのになぜ買ってくれないのか、と尋ねたら「町場の修理会社がどんなに良い製品を作っても俺たち大手は買わない」とハッキリ言われてしまいまして。

そこで、だったら横引きなどの特殊シャッターを専門に作るメーカーを1つ作ろう、と決めたのです。修理会社の一事業として製品を作るのでは信用が得られない。ならば、メーカーを一から立ち上げるしかない、と。そうすればメーカー対メーカーになりますよね。それで株式会社横引シャッターが生まれたのです。

製品一例 横引きシャッター

 

―今日に至る変遷の中で、御社が最も大切にしてきた企業思想は何か?

 

当社では「中小企業の見本になる」といつも話しています。バブル後の「失われた20年」で中小企業は弱くなりました。私の小さい時は、日本の経済を牽引していたのは中小企業でした。しかし今、中小企業は大手企業に負けて弱くなっている。

でも、そうではない。大手企業と同じ土俵で戦わなくても、私たちが戦える場所はまだたくさんある。ブルーオーシャンはある。それなのに大手企業と同じフィールドで戦おうとするから負けてしまう。

日本の企業の99.7%が中小企業ですが、その7割が赤字の中で苦しんでいる。しかし、それが全て黒字に転換すれば日本の経済は絶対に元気になる。実は私は取材や講演が大の苦手なのですが、今多くのメディアの取材を受けているのは、中小企業が戦えるブルーオーシャンがまだあることを多くの人に気づいて欲しいからなのです。

 

横引シャッターの社員との向き合い方

 ―御社がメディアから注目されている点の1つに独特の雇用体系がある。「ガン患者の雇用」、そして「定年なき雇用」などだが、御社にとって社員とはどういった存在なのか?

 

世間では、「社員は家族」という言葉をよく聞きます。しかしそれは本当なのでしょうか。社長がそう思っていても、社員もそう思っている会社がどれだけあるのか。私は常々それを疑問に思っていて、せめてうちくらいは本気でそれをやろう、と。

「ガン患者の雇用」にしても、もし本当の家族が病気になったとしても見捨てないですよね。だからそれを実践しているまでです。本人に気力があって働きたいのであれば、雇用は続けますよ。ただ、えてして本人の家族の理解を得ることが難しいのですが。

本人は働きたいと思っていても奥さんが『身体に負担もかかるし、会社に迷惑をかけてしまうから……』と身を引くことを促してしまう。だからよく家族とも話し合いをするんです。  

その時に私は『仕事ひと筋でやってきたお父さんから病気だからと仕事を取り上げたら、本当に病気になってしまう』と伝えます。仕事に行きたいと言うのならさせてあげて欲しい、ボクたちは人一人ぐらい受け入れるだけの余裕はあるから心配しないでくれと。そして本人の了承が得られれば他の社員にも病気のことを伝えます。特に同じ部署には。本当に体調が悪くなったら周囲に負担をかけることもありますから。これらをちゃんと話せば、家族も同僚も大抵納得してくれます。

余命4ヶ月と診断された人が、そのまま働いて2年半も勤めてくれました。会社も最期まで隅に置かず戦力の1人として扱っていました。

 

―この方針が高く評価され、2018年には東京都から「がん患者と仕事の両立への優良な取り組みを行う企業表彰」優良賞を受賞したそうだが。「定年なき雇用」についても社員は家族であるを実直に実践しているゆえか?

そうですね。これも先代の方針なのですが「社員のクビを切らない」。そもそも、59歳と60歳で人の能力に変化はあるのでしょうか。ある日突然、能力的には何の変わりがないのに給料が変えられてしまう。これは全く会社の都合で、フェアじゃない。

今、うちには92歳で働いてくれている人がいます。入社した時にはもう78歳でした。当初は違う部署の仕事をしてもらっていたのですが、ある時工場の機械の具合が悪い時に見てもらったら、チョコチョコッと直してくれたんです。本人の希望もあり、工場の仕事に移ってもらいました。いつも楽しそうに働いてくれています。

 

―それだけ高齢だと、体力や健康面に不安がないか?

 

彼は雨の日にはお休みです。自転車で通勤されているので、雨の日は危ないから。通勤の時だけは1人ですから、その時間の危険は極力避けたいのです。しかし平日晴れの日だけの出勤でも平均週4日働いてくれています。仕事が終わるのは午後5時ですが、冬場だと周囲はもう真っ暗になっている。自転車で帰宅するには危険ですから、冬は3時くらいには上がっていいよと言っています。しかし本人は「他の人が5時まで働いているから気が引ける」と言ってきて、結局4時くらいの退社になる。そして春になって日が延びてくると5時に戻ります。

彼は仕事をしているのが生きがいで楽しい。ですから「もう来ないでくれ」と言われるのが一番辛い。企業として考えるなら、機械を導入したほうが生産量は増えるかもしれない。しかし、現在の生産力で部品が間に合わないこともないですし、会社にもデメリットがなく本人も楽しんでやってくれているのですから、私はそれでいいと思います。

現在も65歳以上が11人、元気に働いてくれています。

社内報。中央通信

 

―取引先について伺いたい。御社と信頼関係が醸成されていると思う取引先はどこか?

長年お付き合いしているところで言うと、鈴木製作所さんです。先述した9億円の借金があった時、その内1億円が取引先への未払分でした。その1億円のうち約3000万円が鈴木製作所さん。ある時、鈴木製作所さんが機械を買おうと銀行に借入れに行くと「鈴木さんは横引シャッターさんからの未回収分が3000万あるじゃないですか、これを返してもらったらうちから借入れしなくていいですよ」と言われたそうです。鈴木製作所の社長さんは寡黙な人でした。でも、その寡黙な人が、「横引さんは今は辛いだろうから。でも横引さんは時間はかかるかもしれないが、何があっても必ず返してくれる相手だ」と応えてくれたそうです。それで自分のところへ機械を入れるのに、うちに催促しないで銀行を説得してお金を借りた。

そのことを後日鈴木さんの奥さんが教えてくれました。うちの支払い能力がなかったから迷惑をかけていたのに、高い評価をしてくれていることに頭が上がりませんでした。今でも大切な取引先です。難しい案件でどこに相談したら分からないと、鈴木製作所に相談しようとなる。そういった優れた能力をもった取引先です。

 

―金融機関との関係について伺いたい。中小企業の経営者にとって切っても切り離せないのが金融機関との関係だ。市川代表は9億円あった借入金を返済し、無借金経営に転じた実績があるが、その際に深く金融機関ともやりとりがあったと想像できるが。

 

9億円の借入金の話の詳細はこちら

BIGLIFE21記事参照(http://www.biglife21.com/companies/13288/)

お世話になったのは足立成和信用金庫さんです。当社の事業規模から見るに多額であった9億円もの借入は先代が健在な時、先代の信頼で借りられていました。しかし後を継ぐ自分としてみれば、先代に何かあったらどうなる、という不安があった。それで先代が目の黒いうちに返済し切ろうと考え経理副部長として借入金対策に向かいました。

その頃は本当に経営状況が悪く、引落し日に足立成和信用金庫さんから電話がかかってきていました。「50万の引落しに対して今、20万しか入っていません」と。それですぐに30万をかき集めて自分で持って行く。午後3時を過ぎるとシャッターが降りてしまうので急いで行って、時には信金の入口のチャイムを鳴らして入れてもらったこともありました。そうやって毎月必死で返済していました。私が「これから持って行きます」と連絡しておくと、足立成和信用金庫さんは手続きを後回しにして持ってくるのを待ってくれていました。本当に温情をかけていただきました。いくら感謝してもしきれないですよ。

数年かけて借入を返済しきって再スタートする時に、それで亡き先代社長との約束『借入金ゼロの無借金経営にする』と決めていたので、もう銀行借入はしないようにしよう、と決めましたが、恩義のある足立成和信用金庫さんだけは別です。会社が一番大変な時に手を貸してくれましたから。その一番大変だった時に副支店長だった人が、今度は支店長として戻ってきた。その時に、彼の支店長評価になるなら借入れをしてもいい、と言いました。うちの決算書を見せて貸せるだけの金額を好きなだけ言ってくれれば借りる、と。これはかけていただいた恩に報いる最低限の姿勢だと思いますし、コロナ禍のこういった時勢柄、金融機関との良好な関係が経営のセーフティネットとして機能することは間違いありませんし。

そうそう、この間、足立成和信用金庫さんを通じて信金協会から優良企業賞をいただきました。涙が出るほど嬉しかったですね。

 

―ズバリ御社にとって金融機関とは?

 

金融機関は企業の「伴走者」であるべきと思っています。私は金融機関に会社のことを正直に話します。元々金融機関は、会社や社長が何かやりたいけど資金がない時に、「社長、その案いいですから僕ら一口乗ります」とサポートしてくれるものだと捉えています。サポートする代わりに金利をつけて返してください、と。だから金融機関は社長が進みたい方向に向かう後押しをしてくれる「伴走者」だと思っています。

これは少し乱暴な話なのですが、以前利用していたある金融機関ですが、支店長に全く話が伝わらず、意思疎通ができなかったことがありました。麻生政権の時の金融円滑化法時です。当社としてはどうしてもリスケをする必要がありました。その交渉を支店長としたかった。しかし担当から全く話が上に行かないんです。それで苦肉の策として口座の現金を全て抜きました。当然引落しができずに不渡りが出ます。そうすると担当から怒りの電話がかかって来て、来月は2回分引落されますよ、と言われるわけです。分かりました、とその時は答えるのですが、こちらも支店長に会わなければ話が進まないから、もう1度「金を入れるな」と指示しました。2回目の不渡りが出ると支店長呼び出しになります。それでやっと支店長と対面できたので、そこでリスケの話をすることができた。こういった乱暴なことは本来許されるべきではないですが、向こうが交渉のテーブルについてくれないのであれば、こちらも生き残るためには必死になるしかない。

 

―中小企業の経営者界隈でよく聞く話として、銀行は自分たちの都合のいい時には貸してくれて、企業が本当に資金を必要としている時には貸してくれないものという評価があるが。

 

しかしその点についてはどちらかというと中小企業の経営者が悪い、と思っています。金融機関は金を貸すプロです。経営者が都合の悪いことを隠していても、それを読まれてしまっている。だからいざという時に資金を出してくれない。私は基本的には銀行に全部正直に話しています。その代わり裏切らないでね、と言っています(笑)。

 

―どうすれば御社のようにステークホルダーを大切にする企業が社会に増えていくと考えるか?

 

大手は違いますが、中小企業は社長を王様とした「王国」です。ですから社長さんがそうやろうと思えばそうなっていくし、逆にやらないと決めればやらない道への向かってしまう。中小企業の行く末は社長さんの考え方次第だと考えています。先程お話しましたが、今赤字に苦しんでいる7割の中小企業を黒字に変えたい、というのが私の考えです。だから社長さんに火をつけて、その火を広げていく。社長さんは経営者ですからメリットがあると感じられないとやりません。ですからステークホルダーを活用することに大きなメリットがあることを目一杯に打ち出して行く必要がある。

 

ステークホルダーを大切にしている会社紹介!

  • 株式会社エンカレッジ

ステークホルダーとして考えると、頭に浮かんだのが株式会社エンカレッジの堀越基史代表取締役。自宅が近くで飲み友達でもあり、ビジネスでも最近5年以上繋がっています。今度こういうことをやりたいけどこういう人はいないかなと考えた時、私が最初に聞くのが堀越社長です。彼は広い人脈を持っているのでこういう人がいます、とすぐに教えてくれる。人脈を広げたりするのは面倒くさいじゃないですか。揉めてしまうこととかもあるし。しかし堀越社長はそういうのを利害関係無しでやってくれる。うちの営業よりうちの製品について喋れるくらいの凄い人です。

経営の視点で考えると、ある人の後ろにあるブルーオーシャンに手をかけたいと思ってもその人の人脈だから手を出せない。ならばその人にうちの製品の広告塔になってもらえればいい。この理屈で考えた時に堀越社長が浮かんできました。

 

  • 異業種交流会VAV倶楽部の近藤昌平会長

私のことを可愛がっていただいていますが、この人たちは凄く人を大事にする人たちです。私は経営者になった頃に初めてお会いさせてもらいました。そこで「経営者というのは人脈・人の繋がり。そしてそれをどういう風に大切にしているかだ」と伺いました。近藤会長からは他己紹介といって、他人を紹介するやりかたを教えてもらいました。

 

  • 全国経営者団体連合会の谷口智治理事長

谷口理事長にも非常に可愛がってもらっています。谷口理事長の所作をみて、勝手に真似しているのだが、うちの玄関にも飾ってありますが、著名人と2ショットを撮って飾っておくと自分も偉く見えることなどです。お2人とも、私の師匠みたいな人です。

 

……「取材や講演は大の苦手」と話す市川さんだが、近年はメディアへの露出はもとより近隣の学校などでに招かれての講演も活発にされています。特に未来を担う高校生たちに対しては「今キミたちにとっては人生を左右するほどの重大なことであっても、大人から見ればそんなことはない。だから自分たちだけで決めないで、親や先生をもっと頼りなさい」「何かをしながらでもテレビをつけてニュースを見ていれば世間の声が耳に入ってくる。最初は分からなくても、それがだんだん分かるようになってきて、興味が湧くようになる」そして「世の中は楽しいものなんだ」と、実践的な言葉を伝えているそうです。

ご自身が取り組んできた中小企業、雇用、そして教育などの問題から日本の経済再生に本気で立ち向かっている市川さん率いる横引シャッターはステークホルダーを大切にしている企業だと思うことができました。次回は実際に今日お話いただいたステークホルダーの皆さんが横引シャッターをどう評価しているのかを取材してみたいと思います。

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WRITER
シニアライター
菰田 将司
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1980年千葉県生まれ 筑波大学大学院博士課程中退(台湾留学経験有り)。専門は中国近代政治外交史。その他、F1、アイドル、プロレス、ガンダムなどのジャンルに幅広く執筆。特にガンダムに関しては『機動戦士Vガンダム』blu-ray Box封入ブックレットのキャラクター・メカニック設定解説を執筆(藤津亮太氏と共著)。

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