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渋沢栄一とステークホルダー資本主義~自社におけるステークホルダー経営思想構築への示唆

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これからのステークホルダー資本主義、あるいはステークホルダー経営の実践にあたり、本コラムで、渋沢栄一の今日的な意味合いを考えてきた。渋沢にまつわる資料は膨大に存在するため、ここでいったんまとめとしたい。2019年末以降、ビジネスラウンドテーブルや、ダボス会議を契機として、にわかにステークホルダー資本主義という用語が注目されるようになった。なぜなら、欧米にとってステークホルダー資本主義への移行は、ミルトン・フリードマン以降の、資本至上主義をどのように転換するかという大きな問題だからだ。フリードマンは、『資本主義と自由(1962年)』の中で「自由主義経済体制のもとではビジネスの社会的責任は一つしかない。それは利潤を増大させることである」と言い切った。さらに「会社は株主のためにある」と規定した結果、投資家の蓄財活動を正当化し、富が富を生む世界を創り、貧富の格差を助長した。また、フリードマンの市場原理にゆだねた小さな政府という考えは米レーガノミクスや、英サッチャリズムなどの経済政策にも大きく影響を及ぼしてきた。ところが、ここで欧米経済界(特に米英)において、行きすぎた資本至上主義を反省し、バランスの修正が行われようとしている。しかしながら、ステークホルダー資本主義を牽引する力となる体系だった経営思想は未だ世の中に現われていない。

 

日本の問題

一方、日本においては、800年以上前から始まる「三方よし」など、もともとステークホルダーを大切にする精神的風土があった。よってステークホルダー資本主義と言われても当たり前すぎて今一つピンとこない、あるいは何をいまさらという意見も多いだろう。

 

しかし、だからといって日本企業のステークホルダー経営は正しかったと自賛出来るかというと、問題がある。それは、日本企業におけるステークホルダーへの働きかけの多くは無意識な経営活動や単なるスローガンにとどまっており、意識的に自社の経営思想構築ができていて、それに則った経営が実践されていないのではないのかということである。つまり、ステークホルダーを大切にする経営思想に基づく、企業理念、経営方針、行動規範(あるいはMVV)といった理念体系が明文化されていて、それをもとにした、ビジネスモデル、従業員の育成、企業文化の醸成、そして、最終的な財務指標が連動し、事前に取り決めた経営成果の還元方法に基づきステークホルダーに還元している。さらに、その活動を正しくPRもしくはIRしている…といったことである。これらが一体的に社会(ステークホルダー全体)にインパクトをもたらすとともにサステナブルな活動になっている必要がある。

 

先立つものは、ステークホルダー経営の観点からの自社理念体系の整備、再解釈、再構築なのだが、それの裏付けとなる、普遍的かつオリジナルな経営思想があればそれに越したことはない。が、クリティカルシンキングに長けた経営者でなければそれはなかなか難しい。

 

企業理念、価値の言語化、可視化の課題

日本の経営者は、欧米と比べ、ものごとの言語化や論理化あるいは、実証データによる可視化があまり得意とは言えない(日本文化の特徴として)。しかし、少なくともステークホルダー経営が言語化され、体系化され、可視化されていないと、自社の業績にインパクトをもたらすレベルで、人、モノ、金のマネジメントができないという課題がある。

 

たとえば、「三方よし」の背景にあるのは浄土真宗における自利利他の概念である。さらにその基になっているのが、往相回向(おうそうえこう)=自利と還相回向(げんそうえこう)=利他という教義なのである。(専門的な説明はここでは省略)

 

「利他の精神」などと、経営理念に自然に取り入れている言葉でも、もともとの言葉の背景には思想があり、歴史を乗り越えてきた強い力が潜んでいる。このように源流を掘り下げていくと、近江商人発の理念「三方よし」を実践する商売においては、真剣に、あるいは命懸けで取り組まざるをえない地域貢献へのモチベーションという意味が見えてきて、「それなら成果が出るはず」という、やっていることの納得性が顕れてくるのである。つまり、無意識的に使っている自社の理念体系に用いられている言葉の抽象度を一段上げ、哲学、歴史レベルから巻き戻して、自社の理念体系に当てはめなおしてみる。抽象度を上げて、経営理念を再解釈、再構築し、言語化して補足し、整理すれば、あらゆる事象はすっきりと説明できるようになるとともに、言葉の重みが増し、推進力が高まるだろう。

 

このように、強いマネジメントを実行するには、ステークホルダー経営の考え方について掘り下げて言語化された理念体系が必要となる。しかし、自社のオリジナルの経営思想を紡ぎ出すのはなかなか難しいとすれば、すでにある「普遍ロジック」を応用する、いわばパクリや借用という方法がある。

 

実は、渋沢栄一のやり方はまさに、そのお手本となる。論語をベースとして独自の経営思想体系を展開する際に、論語の教義を引用しつつ、自身の考えをその普遍言語に載せ、反論の余地を無くし、周囲を動かしていくその手法はヒントに富んでいる。

 

さて、それでは渋沢栄一は、どのようにすべてのステークホルダーを包摂し、それぞれの主体を関係づけていったのだろうか?ここで、渋沢栄一の思考と実践方法の組み立て方を、渋沢自身の言葉から解釈してみよう。そして、普遍ロジックを用い、実際に自社においてステークホルダー資本主義あるいはステークホルダーを大切にする経営に取り入れて、どう表現し、実現していくのかその糸口を見出してみたい。

 

 

渋沢経営思想の中核を成す普遍ロジックとしての論語

思想的基盤としての論語選択の理由

システム思考の能力が傑出している渋沢栄一は、1867年のパリ万博をきっかけとする海外視察を通じて、揺籃期の資本主義システムの仕組みを理解し、それを日本に持ち込んだ。それが「合本主義」(今でいうステークホルダー資本主義)である。ビジネスを介して階級格差のない人間関係が成り立っているヨーロッパの状況を目の当たりにした渋沢は、大いに衝撃を受けた。この体験を通して、江戸時代の士農工商という階級格差に甘んじてきた、商人(企業家)の矜持の乏しさを変えるためには、ゆくゆくは自ら企業家となりリーダーシップを取るべきという意識が芽生えた。しかし、渋沢は実際に事業を行うにあたっては、仕組みだけではだめで、思想の基盤となるものが必要だと考えていた。そこで彼は、経営思想構成の支柱となる普遍的ロジックを儒教に求めたのである。

 

「余は仏教の知識なく耶蘇教(キリスト教)に至ては更に知る所がない。そこで余が実業界に立ちて自ら守るべき規矩準縄は之を仏耶の二教に取ること能はず。而かも儒教ならば不十分ながら幼少の時より親んで来た関係があり。特に論語は日常身を持し世に処する方法を一々詳示せられて居るを以て。此に依拠しさへすれば。人の人たる道に戻らず。万事無碍円通し。何事にても判断に苦しむ所があれば、論語の尺度を取つて之を律すれば、必ず過ちを免かるゝに至らんと確く信じたり。我邦には応神天皇の朝以来斯る尊とき尺度が伝来し居るに。之を高閣に束ねて顧みず。範を他に覓めんとするは心得違の事にあらずや。余は斯く信じて論語の教訓を金科玉条とし。拳々服膺(けんけんふくよう=常に心して忘れない)して之が実践躬行を怠らぬのである。」※1

 

さらに、渋沢は儒教の教えの中でも、論語に拠った理由を次のように述べている。

 

「明治六年官を辞して、年来の希なる望実業に入ることになってから、論語に対して特別 の関係ができた。それは初めて商売人になるという時、ふと心に感じたのは、これからはいよいよ銖錙(しゅし=わずかなこと)の利もて、世渡りをしなければならぬが、志を如何に持つべきかについて考えた。その時前に習った論語のことを思い出したのである。論語にはおのれを修め人に交わる日常の教えが説いてある。論語は最も欠点の少ない教訓であるが、この論語で商売はできまいかと考えた。そして私は論語の教訓に従って商売し、利殖を図ることができると考えたのである。」※2

 

つまり、論語を合本主義実践の汎用ツールとして使うことに着眼し、普遍ロジックとしての論語活用を構想したのだと率直に語っている。

 

 

論語が渋沢思想のよりどころになった理由

渋沢は経営思想のベースに論語を置いたことにより、企業のような私的組織はさることながら、大学のような公益機関などでも、経営資源の調達や、運営、人材育成等において、あらゆる形態のマネジメントに幅広く活用できた。それだけにとどまらず、外延的なステークホルダーである国家の繁栄にいたるまでの様々な関係性(個と組織、個と社会、個と国家、組織と国家など)を明確にした。これにより、いかなる場面でも、個の繁栄が、組織の繁栄につながり、やがて国の繁栄に至るという、大義を立てながら、常に正論が言える普遍ロジックとしての論語を用いて経済活動やロビー活動を力強く推進して行った。

 

それでは渋沢は、儒教の経典とされる四書五経の中からなぜ論語を選択したのか?

 

「何が故に斯く孔子の論語に親しみ。之を処世上唯一の信条となし。八十四歳の今日まで日常生活の規矩準縄となしたる乎と云へば。是には余が幼少の時より受けた教育から申述ねばならぬ事がある。明治維新前は京師も江戸も乃至は諸侯の国々も。すべて漢籍を以て教育を施し。余の郷里武州にては。初心の輩には千字文三字経の類を授け。それより四書を読ませ五経に移り。文章物では文章軌範とか唐宋八大家文の如きものを読み歴史は国史略支那の十八史略或は史記の類を読むを常としき。余は七歳の時に実父より三字経を教へられ。

 

次に従兄の尾高藍香より大学・中庸・論語・孟子の四書句読を授けられ。其従兄の妹を後に娶つて荊妻となした因縁にも依りて、論語に親しむ発端を開いたのである。抑抑均しく儒教を奉ずるにしても、大学もあり中庸もあるに之を捨て。独り論語を選んで遵奉するは。何ぞやと曰るゝ人もあらん。

 

余が論語を選択して一生恪循(かくじゅん=つつしんで順う)すべき規準となしたるは。大学は其開巻第一に明言するが如く治国平天下の道を説くを主眼とし。修身斉家よりも寧ろ政治に関する教誨を重しとして居る。中庸は更に一層高い見地に立つて。“致中和。天地位焉。万物育焉。(中和を実践すれば、天地も安定して天災など起こることもなく、万物がすべて健全に生育するのである)”などの悠遠なる説があつて、哲学に近く。修身斉家の道には遠ざかり居るが如し。

 

而るに論語に至つては。一言一句悉く是れ日常処世上の実際に応用し得る教である。朝に之を聞き夕べに之を実行し得る底の道を説て居る。是れ余が孔夫子の儒教を遵奉するに膺り学庸に拠らず。特に論語を選び拳々服膺して終生敢て或は之に悖らざらん事を期する所以である。余は論語の教訓を守つて行けば。人は能く身を修め家を斉へ。安穏無事に世を渡つて往けるものと確信するのである」。※3

 

渋沢によれば、論語は政治や哲学の理念ではなく、経済的な言語やロジックとして汎用的に表現できるだけでなく、個人(社員)の身を修めるといった日常的な実践指導も可能だということに着目したとのことであった。

 

 

論語の新解釈により経済と道徳を融合

論語は経済活動と一体のもの

渋沢は論語と経済が一体的なものだとして位置付けた。

「一言せざるべからざるものは、儒教と経済と合致即ち教と行と合一不二の物となす事である。儒教即ち孔子の教は固より紙上の空談高論にあらず。一々之を日常生活の上に実行すべき道である。人は血液の循環する生物なれば、衣食住の欲求なかるべからず。衣食住の給与は則ち経済の道に依らざるべからず。人道も礼節も経済を離れて行はるべきものにあらず。故に衣食足而知礼節(衣食足りて礼節を知る)との古訓あり食ふ事も衣る事も出来ぬ人に向つて仁義忠孝の道を行へ礼儀作法を行へと言ふ事は出来まい。」※4

 

渋沢は、経済活動は衣食住を求める人間の生活に根差したものである以上、礼儀作法にいたるまで経済と紐づいているという。つまり、論語は経済実践の理論に他ならないのだと。

 

果たして、江戸時代までは寺子屋を通じた論語教育はされていたものの、巷では理念尊重、実践を疎んじた朱子学の影響により、武士は食わねど高楊枝、経済活動=お金儲けは卑しいという常識があった。これを独自の論語解釈により、事業や利殖を肯定し経済活動に使えるように再定義をしたのである。渋沢はさらに、経済活動自体のポジションを高め、商売とは聖人の道に他ならないとしている。そして、論語の中核概念の一つである「義」を通すと聖人の営みとしての永続的な商売が成立するということを説いている。

 

経済は帝の道に止まらず、聖人の道として徳を蓄える

渋沢は聖人君子への道を説く論語にはもともと経済観が内包されていると指摘する。

「何故に孔子の教が経済と一致してゐるかと申しますと、論語に次のやうなことが出て居ります。雍也篇の終りに、“子貢曰。如有博施於民。而能済衆。何如。可謂仁乎。子曰。何事於仁。必也聖乎。尭舜其猶病諸。(子貢(しこう)曰く、如し能く博く民に施して能く衆を斉わば(すくわば)何如(いかん)。仁と謂うべきか。子曰く、何ぞ仁を事とせん、必ずや聖か。尭・舜もそれ猶(なお)諸(これ)を病めり。夫れ(それ)仁者は己(おのれ)を立てんと欲して人を立たしめ、己達せんと欲して人を達せしむ。能く近く譬え(たとえ)を取る。仁の方(みち)と謂うべきのみ。)”と。今是れを解釈しますと、孔子の門人の子貢と申す人が孔子に向ひまして“若し世の中に広く恩恵を人民に施して、多数の人の難儀を救ふ人がありましたならば、如何なる者と御認めになりますか、仁の仕事といふべきものでありませうか”と尋ねました所孔子の申さるるには“左様な大事業は何ぞ啻に仁の仕事に止るべき、是れは必ず聖人の仕事であらうか、さりながら尭舜の如き聖人ですら、矢張り広く恩恵を人民に施して、多数の人の難儀を救ふことの六ケ(むつか)しきを悩み給ひし位でありますから、斯かる大事業は容易なものではない”といはれましたのであります。玆に申上げました如く“博施於民。而能済衆”といふ文字は、経済といふ観念がなくてはどうしていはれませうか、そこには立派な経済といふ思想が含まれて居るのであります」。※5

 

仁とは、自分がしてほしいと思うことを他に対して施すということであり、したがってまず、自分の身を立てる前に、相手の立身を支援することが重要である。これが、一般国民レベルで相互に実践されることで、ステークホルダーの集合体である国を富ませる経済活動の原理となる。よって、帝の仕事以上に難しいが、挑戦すべき聖人の仕事だと解釈できるのだ。

 

「又論語の述而篇には“不義而富且貴。於我如浮雲。(不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し)”とあります。富貴が悪いのではありませんで、不義の富は浮雲の如く軽んずべきものであるとありますから、其の反面から見ますと、正当の富ならば少しも差支ないといふことになるのであります。」※6

 

さらに、孔子は不義の富は認めていないが、富貴となること自体は推奨していると言うのだ。

 

また、渋沢は個人の蓄財や、立身について次のように述べている。

「略(就中里仁篇に)放於利而行多怨。(利に依つて行へば怨多し)

の句がある。是れ実業家の終身恪遵すべき明教にあらずや。人生の生活に先つものは財産金銭也。之れなければ一日も立行かざるべし。人の地位も亦然り。成るべく上流に立たねば、世の信用少く思ふ事も就らざるべし。されど正当の道に依らず無理をして得たる富や地位は永続のせぬものぞかし。此反対にて如何に貧窮しても又如何に下賤の地位に居るもそれが自然に来れる運命ならば。致方なしと観念して善行を積むより外に致方なし。無理に其境界を擺脱せんとすれば。必らず法を犯し人を害する底の悪業に陥るべし。自己の利益のみを主眼として行作すれば。必らず他人の怨恨する所となり非命に斃るゝこともあるべし。是等の教訓は実に吾人の日常遵奉すべき好箇の明訓ではあるまいか」。※7

 

このように、渋沢によると仁を実践することで国を豊かにするためには経済活動が必要であり、事業家はまず富を築くことが必要で、孔子はそれを禁止しているどころか推奨している。正しい商売を行うことで、しかるべき地位を得て継続的に蓄財し、それを合本主義による投資に回し、国家を繁栄に導くべきという考えかたを示している。

 

こうして渋沢は論語を中核とする経営思想を打ち立てたことにより、全ステークホルダーを矛盾なく包摂することができた。そして、強い言説の力で明治の経済界のリーダーとなり、論語の旗印のもとに日本の産業の礎作りに奔走できたのだ。

 

 

普遍ロジックを使った経営思想の設計

渋沢経営思想の核心

「論語と算盤」は、渋沢栄一の代表的な著作物であるが、本論は普遍ロジック構想における高度な抽象力の結晶と言える。実はこの中に、行き過ぎた資本至上主義からステークホルダー資本主義へどのように変わって行くべきなのかという本質的テーマが内包されている。

 

なぜなら資本主義の問題は、企業の営利活動と社会貢献、還元のバランスをどうとるかに尽きるからである。つまり、経済と倫理をどう矛盾なく成し遂げるか、実はこの問いは昔から変わっていない。バランスを取るにあたり、渋沢の言葉を借りれば「自ら守るべき規矩準縄」をどのようにもつべきなのか?論語を紐解き、これを経済人の振る舞いの指針として示したのが、渋沢のステークホルダー経営思想の教本「論語と算盤」だと言える。

 

古くて新しい経営と倫理

今まで述べてきたことを踏まえ、二松学舎長でもあった渋沢栄一の、「論語と算盤」講義からの言及を参照してみよう。

 

「今の道徳に依つて最も重なるものとも言ふべきものは、孔子のことに就て門人達の書いた論語といふ書物がある、是は誰でも大抵読むと云ふ事は知つて居るが、此の論語といふものと、算盤といふものがある、是は甚だ不釣合で、大変に懸隔したものであるけれども、私は不断に此の算盤は論語に依つて出来て居る、論語は又算盤に依つて本当の富が活動されるものである、故に論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いものであると始終論じて居るのである、

 

(略)

 

私が常に此の物の進みは、是非共大なる慾望を以て利殖を図ることに充分でないものは、決して進むものではない、只空理に趨り虚栄に赴く国民は、決して真理の発達をなすものではない、故に自分等は成るべく政治界・軍事界などが唯跋扈せずに、実業界が成るべく力を張るやうに希望する、これは即ち物を増殖する務めである、是が完全で無ければ国の富は成さぬ、其の富を成す根源は何かと云へば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、其の富は完全に永続することが出来ぬ、玆に於て論語と算盤といふ懸け離れたものを一致せしめる事が、今日の緊要の務と自分は考へて居るのである。」※8

 

稀有の企業家であり、思想家であり教育者でもあった渋沢栄一は、論語という普遍的なロジック体系を駆使ながら、江戸時代以前からの経済活動=冨の創造が悪であるという常識を変え、富を生み出す活動は善であると明確化した。さらには、蓄財した富を国家の繁栄のために、新産業に投資すること。つまり、財を貯め込むのではなく投資に活用し、国を富ませることにつながる企業家の活動こそは聖人君子の道なのだと。

 

さらに言えば、普遍ロジック論語を使って、実際にどのように、顧客や取引先に接し、地域社会や地球環境に役立つべく、社内教育を行っていくかの手法については、渋沢栄一の「論語講義」が参考になる。

 

最後に、ステークホルダー経営の実践主体は従業員である。よって、社内教育の側面から言えば、近年、家庭や学校で倫理道徳を教えることが少なくなったという課題がある。この状況下において、企業は経済活動の現場で直面する事象をもとに、顧客や、取引先、地域社会や環境に対してどのような貢献をすべきかという倫理を、従業員に教えることのできる少ない教育の場になっている。よって経済活動を通して人倫の道を教えるのは、現代の経営者の役割の一つであるとも言える。ゆえに日常的事象から、論語などの普遍ロジックを参照しつつ自社の経営思想を打ち立て、人材育成をおこなう方法を見出すことは大いに意義がある。そして、このような従業員教育時には、「論語講義」のような拠って立つ実践マニュアルが必要となる。道徳を具体的に教えることができるから経営者の道は、聖人の道ともなるのである。

 

 

増山弘之

 

引用:

 

1.論語講義乾 渋沢栄一口話 尾立維孝筆述 第1111頁~渋沢栄一伝記資料

2.論語と算盤 処世と信条 論語は万人共通の実用的教訓~角川ソフィア文庫版

3.論語講義乾 渋沢栄一口話 尾立維孝筆述 第1111頁~渋沢栄一伝記資料

4.論語講義乾 渋沢栄一口話 尾立維孝筆述 第1111頁~渋沢栄一伝記資料

5.二松学舎紀要 第1号・第15―22頁 論語と算盤~渋沢栄一伝記資料 

6.二松学舎紀要 第1号・第15―22頁 論語と算盤~渋沢栄一伝記資料

7.論語講義乾 渋沢栄一口話 尾立維孝筆述 第1111頁~渋沢栄一伝記資料

8.論語と算盤 渋沢栄一述 梶山彬編  第113頁 ~渋沢栄一伝記資料

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